式内社比定神社名
賀茂御祖神社二座(並名神大 月次/相甞/新甞)山城国 愛宕郡鎮座
 由緒1
賀茂建角身命
玉依媛命
 由緒2
賀茂御祖神社御神徳

御祭神は、日本のれい明期において、早くから京都地方を開拓し農耕殖産の道を教え、更に正邪を糺して裁判の基を開かれた。かの神武天皇の御東遷に際しては、金鵄・八咫烏としてその霊徳を現され、建国創業をたすけ、民生の安定に貢献されたことは古典や伝承の示すところである。
また玉依媛命は、賀茂別雷神社(通称上賀茂神社)の祭神「別雷神」の御母神であり、婦道に御功績が多かった。かくて当神社に対する信仰は往古から甚だ根強いものがあり、特に王朝時代に隆盛を極め今日に至っている。
千数百年の伝統を誇る葵祭は、勅祭として、今もなお昔ながらに継続斎行されている。殖産興業、五穀豊穣、馬事安全、縁結び、安産、育児、方除け、印鑑守護等、多方面にわたる御神徳は、今日の賀茂信仰の根底をなしている。また観光部面においても、王朝の昔を偲ぶ十二単衣の着付と王朝女人の雅楽舞、舞楽等があり、毎日、京都市観光バスのK・Nコースによって好評を博している。
全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年
 由緒3
崇神7年には社の瑞垣が造営
垂仁27年8月には御神宝が奉納
欽明天皇5年(544) 葵祭を始められる
白鳳6年(677)官営神社となる
延暦3年(784)長岡京遷都により告文
延暦4年(785)封戸十戸
延暦12年(793)平安遷都により告文
大同2年(807)5月正一位
弘仁元年(810)賀茂斎院の制
承和11年(844)当神社の四至制定
貞観7年(865)神田五反奉納
元慶4年(880)平安京大極殿完成により告文
天禄2年(971)関白賀茂詣定例の制
長元9年(1031)式年遷宮の制
永承2年(1047)4月21日火災焼失
承保3年(1076)行幸式日の制
応徳3年(1084)院・上皇・法皇御幸の制
元永2年(1119)11月1日火災焼失
治承3年(1179)参籠御幸の制
寛永5年(1628)造営
文久3年(1862)造替
 祭祀
古代より連綿と継承されており、多くの神事が古式を遺している。




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