式内社比定神社名
伊豆三島神社(名神大月次/新甞)伊豆国 賀茂郡鎮座
 由緒1
大山祇命
事代主命
(配祀)阿波神
伊古奈比�当ス
楊原神
 由緒2

由緒

祭神
大山祇神・事代主神
大山祇神は山の神様で、山林農産を始めて殖産興業の神、国土開発経営の神である。
事代主神は俗に恵比須様と申して、商工漁業、福徳円満の神である。
由緒
元の官幣大社で、その創建は極めて古く、此の地に鎮座し、神の御名により三島の地名ともなった。
延喜の制にはすでに最高の格である明神大に列し、月次・新嘗の官幣に預り、祭料稲二千束を寄せられた。
中世以降武士の崇敬が篤く、殊に源頼朝は治承4年8月17日、御祭礼の夜深く神助を頼み挙兵し、旗挙成功するや、偏に大明神の加護によるものと神領を寄せ、社殿を造営し、神宝を奉り益々崇敬を寄せた。以来武門武将を始め庶民の尊崇をあつめ、三嶋大明神の御名は広く天下に知られるところとなった。
明治4年、最高の社格である官幣大社に列せられたが、戦後官幣の制度は廃された。
例祭
8月16日を中心に15、16、17日の三日間で大祭と呼んで賑わう。
尚この他、年間115度の祭典が行われる。
宝物
国宝梅蒔絵手箱(平政子奉納)をはじめ、重文宗忠太刀、重文秋義脇差、重美三嶋本日本書紀、その他頼朝・頼家・尊氏、顕家、宗瑞(早雲)等の古文書、刀剣等多数を蔵す。
社殿・境内
古来幾十度か社殿の造営が行われたが、現在の社殿は嘉永7年11月4日の東海大地震により倒壊したものを時の神主矢田部式部盛治が十年の歳月と16677両余の巨費を投じて、慶応2年完成させたものである。その後関東大震災、伊豆震災により、一部修理が行われたものである。
境内は、約一万五千坪(五万平米)である。
全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年
 由緒3
三宅島富賀神社の地に創立
文治3年(1187)造営
嘉貞元年(1235)社殿を造営
永禄から元亀年間(1570頃)武田信玄の侵攻により焼亡
文禄3年(1594)に三百三十石
慶長2年(1604)に二百石を寄進
明治4年官幣大社
 社殿
本殿三間社流造
拝殿・拝殿・神門・総門・神樂殿
 祭祀
江戸時代は「三島大明神」




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